2016年07月29日

驚きの十字架の丘を見て、再びラトビアへ



バルト三国の旅、4日目の午後は

リトアニアのシャウレイにある十字架の丘へと行く。


リトアニアは、カトリックの国、十字架の国とも言われている。

リトアニア人の平和への祈りが刺さった丘なのか!

平原の向こうにこんもりとした丘が見えてくる。

丘までは、バスを降りて、1本道の長い道を歩いて行った。














近づいて行くにつれて驚き

すごい数の十字架が立てられていた。

何度も破壊されてきたらしいが、リトアニア人の信仰心が厚く

破壊されても、破壊される前以上の姿へとよみがえったそうだ。
























その数は5万を超えるといわれ、無形文化遺産にも登録されている。

来ていた人たちの多くは、祈りをささげていた。

リトアニア人の強い想いが込められているのが感じ取れた。














そこで日本人発見

日本から絵を描きに来ていたグループだった。












そこから再び、ラトビアの首都リガへ向かった。

130キロのバスの旅

菜の花畑が続く











国境、検問所のあと、ラトビアに入国

EU加入国なので、手続きなしで自由に入国

イギリス国民は、これを嫌ったのね。












2日目に観光したリガの街が見えてくる。













リガに着いてレストランで夕食











19時30分ごろ、ホテルに到着

この時間は、まだまだ陽が高く明るい。

近くのスーパーマーケットに行ってみた。

向こうの暮らしが垣間見れる気がする。




















日本の醤油が普通に売られている。












卵、同じようなパック入り











5日目は、エストニアのタリンに向かう。








  

2016年07月25日

リトアニアでのランチ



バルト三国の旅4日目のランチ

リトアニアのカウナスでのランチは

リトアニア料理の店「ベルネリュ ウジェイカ」

外観の雰囲気が素敵だった。











出てきた名物料理は「キビナイ」と言う窯で焼いたパイ

ギョウザのような形のパイの中に、羊のミンチ肉が入っている。

思ったよりは美味しい?















今回の旅は、毎回野菜サラダがあり、とてもうれしかった。

ヨーロッパの旅では、野菜サラダが極端に少ないからね。










この上に、デザートが付いてくる。

このように、ランチは簡単でおおざっぱ

味も和食のような繊細さはない

特にツアーなのでこんなもの

美味しいものを食べたい時は、フリーデーに自分で行かないとね。




店内の様子











近くにこんな日本風レストランもあった。


















食事の時の席は、自由席なので初めは毎回違った人たちと同席になるが

そのうちに親しい人たちと自然と座るようになり

会話も徐々に楽しくなる。

今回は特に素敵なご夫婦と知り合い、食事が特に楽しくなった。









  

2016年07月24日

杉原千畝が滞在した街



日曜日の今日はワタシはフリー

滞っているバルトの旅行記を久しぶりにUPしよう~

さて、どこまで根気が続くか・・・書けるところまでがんばろう~



バルト三国の旅、4日目の続き リトアニアの旧首都、カウナス観光の続き

杉原千畝の足跡を見て、とても誇らしい気持ちになりながら、カウナスの旧市街へと行く。



駅で千畝のプレートを見て、そこから見えた赤いレンガ造りの建物「ペルクーナスの家」

15世紀のゴチック建築

雷神ペルクーナスの神殿があったことから「ペルクーナスの家」の名前が付いたとか

現在は、図書館として使われている。











旧市庁舎広場に来る。

旧市庁舎は美しく、バロック様式で建てられた高さ58mの塔

現在は結婚登記所となっているそうだ。

リトアニアは離婚率がすごく高いそうで、約50%の離婚率だとか

離婚王国と言っても過言じゃないかな?












旧市庁舎前に高校生たちの一団が見えた。

カウナスは歴史の街だが学園都市でもあり、若者の街とも言われている。

ちょうど、この日が卒業式の日だったらしい

これから記念撮影だという高校生たち、とてもチャーミングで

その上、フレンドリー、みんながカメラを向けるとポーズをして応えていた。





















そのうち賑やかな音楽が聞こえたかと思うと

音楽隊を先頭に、子どもたちの行進

卒業を祝っての行進らしい♪

日本の卒業式とはずいぶん感じが違う。


リトアニアの教育制度は、3コースあり

・小学校(1~4年)、中学校(5~10年)、高校(11~12年)の4-6-2制と

・9~12学年を専門学校で学ぶ生徒(4-4-4制)

・11学年から職業訓練学校に進む

そのコースを早いうちに選んで、その道に進むらしい




























リトアニアの子どもたち

とても可愛い


















少し時間があり、可愛い店に引き込まれる。

そこで運命的な出会いが・・・可愛い人形に出会った

それも丁寧な手作り、作者名もあり、即、気に入って買った。

縁があったのね。遠い日本の我が家の子になった。














街で見かけたオブジェ











赤いレンガの聖ぺトロ・パウロ教会











カウナス城

リトアニアで一番古い石で造られた城












最後に杉原千畝が宿泊したホテル「メトロポリスホテル」を見学。

領事館撤収後もこのホテルでビザを書き続けた。

それを記念したプレートがホテルの壁に張られている。

プレートには三か国語で下のように書かれている。



『1940年8月28日~9月4日まで

メトロポリス・ホテルに

滞在した杉原千畝は「命のビザ」を発注し続けた』
















午前中の観光が終わり

杉原千畝が過ごしたカウナスの街は、とても美しい落ち着いた街だった。



これから遅いランチへと行く。

リトアニアの名物料理

その様子はまた・・・・












  

Posted by かをる at 16:36Comments(4)バルト三国リトアニア

2016年06月19日

杉原千畝「6,000人の命のピザ」









バルト三国周遊4日目 5月26日(木) 

今回のバルト三国の旅で一番楽しみにしていたのがこの日

リトアニア第二の都市「カウナス」にある 

元日本領事館の「杉原千畝記念館」見学だ。

記念館は閑静な高級住宅街にあった。













「日本のシンドラー」と言われた杉原千畝(すぎはらちうね)

当時リトアニアの日本領事代理だった彼は

第二世界大戦時、ユダヤ人に日本を経由して第三国へ渡航できるビザを

日本外務省は許可しなかったのを独断で発行

6,000人以上のユダヤ人の命を救ったと言われている。


その功績を讃え、旧日本領事館を彼の記念館として保存されている。

戦後、イスラエルから「諸国民の中の正義の人」として表彰された。


唐沢寿明で映画にもなり、近年、やっと彼の偉業が多くの日本国民に知られることになり

日本観光客も多くなってるようだ。


彼の机、座ることが出来るのでみんな順番で写真撮影をした。

もちろん、ワタシもね!































募金箱があり、沢山の紙幣が見えた。

ワタシも心ばかりを入れる。

記念館がかなり古くなっていた。その修復費用にするのかな?

















そこからカウナス駅に移動、駅舎の杉原千畝のプレートを見学。

プレートには「1940年9月4日にカウナス駅を出発した杉原千畝は

出発直前まで「命のビザ」を発給した。」とリトアニア語、英語、日本語で刻印されている。















とても誇らしい気持ちになった。

以前に行った台湾旅行で台湾の大恩人と言われている「八田興一」を知ったが

想いがダブった。






ビールの香りがどこかから

駅の前にカウナスビールの工場があり、よい香り









次はカウナス市内観光






  

Posted by かをる at 07:37Comments(2)バルト三国リトアニア

2016年06月17日

「人間の鎖」の起点となった国リトアニア




イチローがすごい偉業を達成ですね。

日本の誇りだわ。

でも、イチローのあのクールさ

それもびっくり

バルトの旅行記、やっとUP





バルトの旅3日目 5月25日(水) リトアニアへ

リガから1時間半で国境を通過する。

この日は、首都「ヴィリニュス」の歴史地区を観光(世界遺産)


◎リトアニア共和国について

三国で一番南に位置していて、北海道の80%の広さ

人口が294万人で三国の中では国土、人口とも最大の国

湖と森が多くて自然豊かな素朴な国


第二次世界大戦ではナチスドイツに攻められたり、旧ソ連に併合されたり

激動の時を経て、独立した

武力には屈しないと「人間の鎖」がリトアニアから伸びたのは有名









◎「人間の鎖」

1989年8月23日、約200万人の人たちが手と手を繋ぎ

リトアニアの首都、ヴィリニュスの大聖堂が起点となり、ラトビアのリガ

そこからさらに国境を越えてエストニアの首都、タリンまで、その長さ600km

ソビエト連邦からの独立の訴えが繋がり広がった。










この日はゆっくりと朝9時に出発だったので、ホテルの周辺を散歩する。

朝は人の姿もなく、緑の中を歩いていると

時間が止まっているような感覚だった。


ホテルに帰り、昨夜、市場で買ったサクランボを食べる。

日本で売ってるアメリカンチェリーと同じだった。








1ユーロのところを買おうとしたら

「そんなにはいらないでしょう~」と50セント分入れてくれる。

とても正直なのに驚く。優しい国なんだなと思う。







宿泊のホテルも緑の中










リガのホテルからヴィリニュスへ出発

バスからの車窓は、見渡す限り一面に菜の花畑が続き、見事な眺めに

みんな歓声をあげる。ワタシも何度も写真を撮り続けた。

菜の花は、菜種油を取るために作っている。











田舎は、可愛い切り妻の家がぽつぽつと建っていて

まるで童話の世界









バルトの若い女性がみんな美人

小さな顔に大きな瞳、まるでワタシと正反対

何でこう違うの?と見とれてしまった(笑)

その上、スタイルもいいときている。








コウノトリの巣があちこちで見られた。









ヴィリニュスに着いてランチ

この日は、リトアニアの最も有名な郷土料理

ジャガイモの中にひき肉などが入り茹でたもの。











ヨーロッパ旅行では野菜サラダが出ないのが多いが

今回はサラダが毎回あり、嬉しかった。




パンはとても美味しい







ヴィリニュスの街












こんなレンタサイクルが街のあちこちで見かけた。








芸術か、落書きか?

これも文化の一つ?









◎ヴィリニュスの大聖堂

リトアニアの中心的存在、外観は、ギリシャ神殿に似ている。

男性は帽子はダメ、ポケットに手を入れてもダメとの注意があった。















◎ホテル シェイクスピア

ホテルの中はシェイクスピア一色なんだとか











ベルナルディン教会

敬虔なカトリック教徒が多い国、とても教会が多いと感じたが

日本でも神社に、お寺と多いのを考えると、こんなものなのかな
?









◎琥珀美術館にいく。

いい写真がなかったが、リトアニアは琥珀の産出国

至る所に琥珀の店があった。琥珀は松ヤニの化石だと知ってた?

地下50m位にあり、琥珀と言えば茶色と思っていたが

高価な琥珀ほど乳白色、色が濃くなるほど不純物が多いのだそうだ。












◎聖アンナ教会

33種類の異なるレンガで建設されたゴシック様式の教会

ナポレオンがヴィリニュスに入った時、美しいこの教会をフランスに持ち帰りたいと言ったとか










ちょうど卒業式に出会った。

高校生だろうか

魅力的な子たちが群れていた。









◎聖ペテロ&パウロ教会

2000以上の漆喰彫刻が圧巻で素晴らしかった。

その中で異彩だったのは骸骨の彫刻









ノアの方舟















街を一望できる小高い丘へ行く。







◎夜明けの門

19世紀に城門は撤去したが、その中で唯一残る城門、その上に礼拝所があり

希望者のみ入ったが、ここであった聖母像は息をのむような美しさだった。








神々しい聖母イコン








夜明けの門からの街並み














レストランで夕食をとり、ホテルに帰る。

まだまだ明るくて、近くのスーパーマーケットに行ってブラブラ

帰ってきたのは夜中だが、白夜なのでいつまでも明るい

次の日もリトアニア観光へと続く。















  

Posted by かをる at 06:00Comments(4)バルト三国リトアニア